本日、「まきボラ2026春」を通して実施したプログラムが無事に終了しました。ボランティアガイドは4回実施。福井県、兵庫県、東京都、山形県、仙台市、そして石巻在住の方も含めて17名にご参加いただきました。
「私たち大人が子ども達に震災について教える責任がある」
この言葉は、ガイドに挑戦してくれた高校生の1人が、自分の案内の終了時に毎回伝えていた言葉です。震災当時2歳で記憶が無いと言っていた彼女が、今回の経験を通して何かを感じ、自分よりもはるかに年上の「大人」に伝えていました。終了後に感想を聞くと、胸をつまらせる方もいらっしゃいましたし「こんなに若い方が伝えてるなんて、未来は明るいですね」と仰ってくださるかたもいました。また3人の高校生が通っている学校に、親せきが避難していたという地域の方からは「皆さんが通っている学校にとても感謝しています」と声をかけてくださいました。
3日間の体験について4名のボランティアガイドと、それをサポートしていたインターンの大学生の感想文をご紹介いたします。ぜひご覧ください。
◎髙橋佑奈さん(高校2年生・震災時2歳)
このプログラムを選んだ理由は、私自身南浜で被災していて、祖父母を亡くしているのでその思いを伝えたいと思ったり、姉の友達が巻き込まれその当時の姉の思いを知って欲しいと思い参加しました。
私はこの3日間を通して、自分の知らなかった視点で考えることだったり、自分の知らなかった世界を知ることができました。また、門脇小学校を訪れて私自身が通うはずだった小学校はこんな衝撃的な風景に変わってしまったりしてるところを見て、とても衝撃を受けましたし、記念公園を見た時に、ここには被災する前までは色んな家族がいて色んな家があったのにこんな更地になってしまった衝撃を受けました。そして、当時小学生だった日和さんや武山さんの話しを聞き、自分はどうしても記憶にないので大人からの視点しか分からなかったけど、子供の視点からの話を聞き、新しく震災についてしれた気がします。3日目には、姉の思いを背負って地域の人、県外から来た人などに伝えることで、より震災について知ってもらえてとても嬉しかったです。
私は、自分から話しかけることも苦手だし、人見知りで、コミュニケーションを取るのなんて一番苦手だと思っていたけれど、このプログラムに参加したことによって、自分から進んで話しかけてコミュニケーションをとり、自分が知らなかった被災前の南浜の様子などを教えてもらい、知ることができ、自分が思っていたよりも分かりやすく初めて来た方やここの地域に住んでる方に説明できていた事が自分に起きた1番の変化かなと思います。口下手なのでどれほど伝わっているかは分かりませんが、それでも「とても分かりやすかったからこれからも頑張って伝えて行ってね!」と言われたことが一番安心になって、自分自身を成長させることに繋がったのかなと思います。
物の見え方としては、客観的に考えるだけでなく、被災した人の視点になって考えたり、被災した方の親御さんの目線になって考えたりすることによって自分では考えられなかった視点から物事を見るようにしようという考え方に変化させることができました。
新しい気付きとしては、1人に説明するのと大人数のグループの人に説明するのでは、言葉が違うし反応もそれぞれなのでそこにどうやって対応するのかを考えながら喋らないと聞き手にはつまらないんだなとわかりました。グループの方に説明した時に何名かが他のものを見ていたり周りをずっと見ていたりする方がいて、その時に言葉を変えたり、視線を向けたりしないと相手には伝わらないということに気づくことができました。
このプログラムに参加して、新しい視点から物事を見ることや苦手なことでも挑戦すればある程度克服することができることを知ることができて自分の成長に繋がって、それを今後の人生にいっぱい生かしていきたいなと思いました。このプログラムに参加してとても良かったです。

◎水野凉さん(高校2年生・震災時2歳)
このプログラムを選んだ理由は、私自身震災を経験していても記憶には残っておらず、実体験を語り繋げることはできませんが、そんな自分でも地域の方々や震災のことを知りたいと思って被災地を訪れた方に対してできることを見つけたいと思い、このプログラムを選びました。
このプログラムに参加する前までは被災地は震災があって壊れた可哀想な街という認識で、ここに住んでいながらも詳しく知ろうとはしませんでした。でも、今回実際に震災を経験した方々のお話を聞いて1番最初に思ったことは何も私たちと変わらないということでした。被災地にも地域の方々が通うお店があって、家の前でお喋りをする時間があって、子供たちが遊ぶ公園や施設があって。私たちが普通に生活している日常やたくさんの過ごしてきた思い出があるということに気付かされました。「何万人が命を落とし何人が未だに行方不明」とニュースや新聞などで聞くと、「あー可哀想だな」という気持ちだけで終わってしまいますが、そこには一人ひとりの生きてきた時間、名前、家族があっていまこうして生きていられる私たちはそこまで考えなければいけないと思いました。
自分なりの言葉で伝えるということも大事だけれど、いちばん大切なのは実際に経験した辛いことを言葉にして伝えてくださった方々の思いをしっかりと伝えていくことだと思いました。起きた事実だけを淡々と伝えることは簡単で、それだけで満足する人もいるかもしれませんがそれだけでは伝えている意味が無いと思っています。
こんなことが起きた、だから次にこうやって備えることが大事、こうならないためにこうしよう、ということを分かってもらうことで初めてちゃんと“伝わった”ということになると思います。こうしていたら、と伝えてくださっている語り部さん達の後悔や願いといった思いを私達自身がちゃんと受け取り、もし次に災害にあったとき行動をすることが出来れば失わずにすむ命が増えると思います。
誰かが伝えなければまた後悔する人が現れる。その後悔をひとつでも減らすために、私ができることをしたいとこのボランティア活動を通して思いました。震災から15年が経っているけれど、“もう”15年と感じる人もいれば“まだ”15年と感じる人もいると言われ、ハッとしました。言葉というのは難しく何気ない言葉や自分では普通だと思っている言葉が他の人にとっては心を傷つける言葉であるかもしれない、ということを考え、これから人と関わって行こうと思います。展示物の付箋には本当に幼い子どもから高齢者の方、そして他の国から訪れてくれた方などたくさんの方のメッセージやクイズに対する考えが書かれていて、こんなにも被災地のことを考えくれる人、知ろうとしてくれる人がいるんだと嬉しくなりました。
今まで震災を覚えていない自分にできることはないと思っていたのは自分で動かなかったから、知ろうとしなかったからだと気付かされました。今回のように1歩踏み出して外を見てみれば自分にできることはたくさんあって、自分が変わらなければ見つけることが出来なかったと思います。自分の固定概念を崩すことで新たな自分になれ、自分の世界がどんどん広がっていくと思いました。このプログラムに参加することができて、本当に良かったです。

◎青田心結(高校2年生・震災時2歳)
私がまきボラでこのプログラムに参加した理由は、出身が埼玉県で高校から宮城県へ来たので、震災の記憶も経験もありません。そんな中、高校からJRCというボランティアや交流会などをする同好会に所属しており、そのなかで震災について学ぶ機会や、他校、他県の人と交流することがありました。けれど、私は今石巻という東日本大震災で最大の被災地にいるのに、全然石巻のことも震災のことも知らず、何も話せることもありませんでした。その経験から石巻にいる身として震災のことは知っておくべきで、むしろ伝えていく側にならないといけないと思い、参加をしました。
私の思いとしては、はじめ震災の経験も記憶もない人がガイドのようなことをしていいのか、みんなと同じように話せるかが、とても不安でした。けれど実際にやってみて、経験していないからといってマイナスになるわけではないこと、地域の人たちにも受け入れて話を聞いてもらえることを学び、経験していない人も伝えていいんだよということをお客さんに体現できた気がしてとてもやってよかったと思いました。また、涙を流して聞いてくださる方もいて、自分の話で泣いてもらえるぐらい思いが伝わったということが、とてもやりがいを感じました。
この活動を通して新しく得た価値観は、震災は大きな出来事ではあったけど、それも地域の人からすれば地域の長い歴史のなかの一部であるということです。震災前ここの地域には何気ない日常があって、子供たちは普段通り学校へ行っていた、という生活があったということはわかっていたつもりだったけれど、実際に当時学生だった人の話を聞いたり震災前の写真を見たりすると、より鮮明に状況を理解でき、想像してみるだけでは分からないことがたくさんあることを学びました。そして、ここを被災地としてあわれみの視線を向けるのではなく、1つの地域としてみる視点も大事だと感じました。
また、震災を経験したからこそ得られたものや新しい出会い、希望などを学び、震災は重たい話ばかりではないこと、小さな子供でも学び関わることができるものだということを知りました。震災という出来事を数値や被害状況だけで見るのではなく、震災前の日常や辛いことばかりではなかったというところまでを知ることで、災害を学ぶハードルが下がり、自分事として考えられるようになったと思いました。
この石巻の震災の記憶をただ過去の出来事として見るのではなく、今おきてもおかしくないこととして自分の生活と、自分の地域と結びつけて考えることの大切さを学びました。これからも震災経験者ではないですが、防災意識を高めて1人でも多くの命を救うために自分にできることを考えいきたいと思いました。

◎中村海翔(大学1年生 震災時4歳)
現在作成中です。届き次第アップします。

◎木島奏太/大学生インターン(大学1年生・震災時4歳)
5〜6年前から地震・津波の防災活動に強い関心を持ってきました。東日本大震災の発生から15年となるのを前に、宮城県民として当時の状況を深く知っておくことで、家族や友人、近所の方たちに学んだことを伝えていきたいと感じ、このプログラムに参加しました。
震災当時の経験や記憶は少ないですが、中学・高校時代に福島県沖や能登半島、青森県沖で発生した大きな地震をリアルタイムで見聞きしたことで、「自分の身は自分で守らなくてはいけない」という意識が強まっていきました。
今回の学びを通して、今まで大人から教わってこなかった実際の被災状況に強い衝撃を受けました。小・中・高校と震災についての学習を重ね、教科書や資料でも何度も目にしてきましたが、『百聞は一見にしかず』の言葉通り、自分がいかに表層的な情報ばかり教わってきていたのかとハッとした。
また、「被災」という言葉の捉え方も変わりました。被災地と呼ばれる場所は、単に災害に遭った場所というわけではなく、その奥側には、一人ひとりの生活や思い出、名前が存在しています。その背景へ想いを馳せることの大切さを学び、また、日常の少しの声がけや行動が命を救うことに繋がるのだと理解できました。
今後予測される巨大地震の被害を最小限に減らすためにも、単に数字やデータなどの事実を「伝える」だけでなく、相手の心に「伝わる」ように記憶の継承を実践していきたいです。