2月15日(日)、今年度5回目となる「3.11トークセッション」を開催しました。

このトークセッションは、県内で震災伝承に取り組む実践者を迎え、被災の実情や教訓に学ぶとともに、伝承者同士の相互理解を深めることを目的に実施しています。今年度も「R7年度 みやぎ地域復興支援助成金」のご支援を受け、全5回を開催しました。
今年度最後となった今回は、「子どもと歩む震災後の居場所づくり ~支援のその先で作られてきた日常~」をテーマに、発災直後の現場で子ども支援に携わってきた大人たちに加え、かつて支援を受けていた当時の子どもたち、そして今は自ら地域づくりや居場所づくりに関わる立場となった方にもご登壇いただきました。
災害が子どもたちの心や生活に与えた影響に、支援した大人たちはどのように向き合い、関わり続けてきたのかをあらためて語り合う時間となりました。
<登壇者>
〇須永力さん/一般社団法人プレーワーカーズ代表理事
子どもの遊び場づくりが専門のプレーワーカーとして、阪神淡路大震災で初めて被災地支援を経験。東日本大震災以降、豪雨、台風、地震の被災地で支援活動を行ってきた。現在は能登町、輪島市での支援活動を継続中。
〇佐々木駿人さん/震災当時橋浦小学校5年生
小学5年生で石巻市内にて被災。その後、石巻市立北上小学校(旧橋浦小学校)の裏山で開催された「うらやまでプレーパーク」で遊びながら支援を受ける。
〇菊地和敏さん/認定NPO法人キッズドア 東北事業部チーフ
2018年にキッズドアへ入職後、主に仙台市、南三陸町に住んでいる中高生を対象に無料の学習会やキャリア教育などを提供してきた。
〇近藤日和さん/子どもセンターらいつ スタッフ
東日本大震災後、セーブ・ザ・チルドレンジャパンが発足した石巻市子どもまちづくりクラブに中学1年生から参加し、6年間活動を継続。現在は石巻の子どもセンターらいつで働きながら、震災伝承活動にも携わる。
トークセッション前半は、ゲストの方々の自己紹介と、どのような活動に取り組まれてきたのかをお話いただきました。
最初にお話しいただいたのは須永さんと佐々木さんです。

プレーワーカーズとしての被災地支援は、阪神淡路大震災から始まったそうです。
東日本大震災の際は気仙沼や石巻などで遊び場作りを展開し、震災後も活動を続けるため法人化。常設の遊び場や移動式プレーカーで各地の子どもたちと関わってきました。
須永さんは「子どもは遊びの中で元気を取り戻す力を持っている」と語り、遊び場が回復と居場所の基盤になると強調。石巻市の旧橋浦小学校の裏山にも「うらやまでプレーパーク」を展開。そこに遊びに行っていたのが、当時橋浦小学校5年生だった佐々木さんです。佐々木さんは、「日常だけど非日常」の体験が人と人をつなぎ、自分で考え挑戦できる場だったと振り返り、平時からの遊びと関係性づくりの大切さが共有されました。
次にお話されたのは菊地さんです。
キッズドアは震災直後から南三陸町で見守りや学習支援をおこない、現在も仙台や南三陸で高校生の居場所づくりを継続しています。菊地さん自身が中高生世代を中心に被災地に関わってきた経験から、「時間が経つほど心の負担は見えにくくなる」と述べ、不安感や自己肯定感の低下、教育・体験格差の広がりを課題に挙げました。また「親でも先生でもないナナメの関係」を大切にし、安心して話せる場を整えてきたと紹介。一人ひとりの成長段階に応じて、長期的で丁寧な支援が今こそ必要だと訴えました。

最後は近藤さんにお話しいただきました。
近藤さんは、現在は震災遺構となった門脇小学校の卒業生で、普段は語り部としても活動されています。
震災当時は支援を受ける側の子どもとして仮設住宅での生活を経験。友達はスクールバスで仮設住宅へ通い、公園や学校の校庭は仮設住宅が立ち並ぶ状況で、「放課後に集まれる場所がなかった」と当時を振り返りました。
その後、セーブザチルドレンジャパンが中心となり取り組んだ「子どもまちづくりクラブ」に参加し、現在は支援する立場に。近藤さんは「居場所は大人が決めるものではなく、来たい人が“ここが自分の居場所”と思えることが大切」と語り、子どもの声を尊重し、一人ひとりの最善の利益を考える関わりの重要性を伝えました。

後半からは、クロストークとしてファシリテーターからいくつかの問いかけが投げかけられました。
最初に尋ねられたのは、「居場所支援・居場所づくりを一言で言うと?」という問いでした。
須永さんは「子どもに日常を届けること」と述べ、遊びは当たり前の営みだと強調。キッズドアの菊地さんは、来る頻度や過ごし方を「子ども自身が決めていい場」と説明。佐々木さんや近藤さんは「支援されている感覚はなく、楽しいから通っていた」と語り、強制されず自分で選べることが居場所の本質だと共有されました。

また、菊地さんの「成長段階に応じた関わり方が必要なのではないか」という発言から、「年代によって居場所の感じ方や選び方はどう変わるか」と問いかけもありました。

須永さんは、小学生中心の遊び場では成長とともに離れていくのは自然で、「必要なときに戻って来られる場所であり続けることが大切」「居場所と“居させられ場所”は違う」と強調しました。
菊地さんは、年齢とともに悩みは進路や将来へ広がっていくと説明。子どもセンターらいつの近藤さんは「小さな悩みでも本人は本気。話を聞くだけで楽になる」と語り、寄り添う姿勢の大切さを共有しました。
そのやり取りの中で、「居場所は“場所と時間”だけではなく、人の存在も大きいのでは」と聞かれると、「安心できる大人がいるから行きたくなる」「その人に会いに行く場所になることもある」と共有されました。
浦山のプレーパークに通っていた佐々木さんは、「ただ遊びに行っていただけだけど、大人が一緒についてきてくれて、子どもから見れば“遊んでくれる大人”だった」と振り返ります。放課後の遊びに加え、泊まりや川・海への遠征もあり、「新しい体験で楽しかった」と語りました。
「岩から落ちて膝を切ったこともあったけど、それでも遊びたかった」と当時を懐かしそうに話し、周囲からは「本当に全力で遊んでいましたね」と笑いが起きました。居場所とは、子ども自身が“ここが好き”と選び取れる安心感と、人との関係性の中で育まれるものだと、改めて確認されました。

最後に、「居場所づくりは特別なスキルを持つ大人だけのものではなく、“子どもの隣に座って話を聞く”“一緒に全力で遊ぶ”といった関わりから始まるのではないか」という気づきから、「災害時に専門家でない私たち一人ひとりが、子どもとどう関われるのか」を問いかけました。
菊地さんは、「まずは身近な人から。近所の人や家族に寄り添い、同じ目線で話を聞くことがスタート」と話し、あわせて「平時から子ども支援団体同士が横につながっておくことが、災害時の大きな力になる」と語りました。
近藤さんは、「公園や空き地を“大人が使える場所”と思わないでほしい。そこは本来、子どもたちの場所」と強調し、「遊ぶ場所が奪われることで、子どもたちは行き場を失ってしまう」と訴えました

佐々木さんは、「子どもは川でも山でも平地でも、遊ぼうと思えばどこでも遊び場になる」と話し、「凝り固まった考えにならず、みんなが気持ちよく遊べる関わりが大事」と自身の感覚を共有しました。
須永さんは、「災害後、子どもは我慢しているエネルギーを“よそものの大人”にぶつけてくる。だからこそ、それを受け止められる大人が必要」と語り、外部支援者と地域をつなぐ“窓口”の存在の重要性を指摘しました。また、「災害前から子どもに関わっている地域の人が、最高の入口になる」と述べ、「各市町村で外部ボランティアとつながれるネットワークを作ってほしい」と提案。さらに「防災倉庫に遊び道具を入れておいてほしい。それが“子どもが遊べない”ことを思い出すスイッチになる」と具体的な備えも示しました。
ファシリテーターの大石はこの言葉に共感し、「被災時は大人も大きなストレスを抱える。だからこそ、親でも先生でもない外から来た大人に、子どもが気持ちをぶつけられる意味は大きい」と振り返り、日常からの関係づくりの大切さを改めて共有し、トークセッションは終了となりました。
災害という非日常の中でも、子どもたちの「日常」を守り、育んでいくことの大切さを、あらためて胸に刻む時間となりました。
登壇いただいたみなさま、ご参加いただいたみなさま、ありがとうございました。