9月21日(日)に、今年度2回目の「3.11トークセッション」を開催いたしました。

「3.11トークセッション」は、県内で伝承活動を行っている方々をゲストに招待し、県内各地の被災の実情や教訓に触れ学びを深めるとともに、伝承者の相互理解を深める機会を作り出すことを目的に、昨年度より開催しています。今年度も、宮城県による「R7年度 みやぎ地域復興支援助成金」のご支援を受けて、全5回の日程で開催できることとなりました。
第2回目となった今回は、「発災直後の対応、人とのつながり、継承される知恵~みやぎ生活協同組合のあの日~」と題して、みやぎ生協から2人のゲストにお越しいただきました。
今回のゲストは、機関運営部の中塩晴彦さんと、組合員でもあり地域代表理事でもある佐藤ひで子さん。
日ごろから組合員と顔を合わせ、地域住民とのつながりを大切に活動されているみやぎ生協さん。震災後から様々な取り組みが始まり、現在まで続ける中で継承された経験や知恵など、被災者同士がつながり支え合った経験を語り合っていただきました。
1人目のゲスト、佐藤ひで子さんは、地域での子育てサークルやPTA役員などを経験する中で、知人から生協のサークル活動に誘われたのが、みやぎ生協に関わった最初のきっかけだそうです。サークルコーディネーターやエリアリーダーなどを担当しながら、これまで80近いサークル活動を立ち上げてこられました。そして、現在は地域代表理事として、地域の誰もが安心して暮らせる地域社会を目指して、様々な活動に取り組まれています。
2人目のゲスト、機関運営部の中塩さんは、BCP(事業継続計画:企業などが災害や事故などの緊急事態に際しても、事業を継続・復旧させるための方策や手段を事前に定めておくもの)の策定と運用の担当をされています。
生活協同組合は、組合員から出資金を集めて運営されている組織です。自己紹介の中でもその点に触れながら、「そういう意味で、生活協同組合は一般の小売業とは違うんです。組合員ファーストなんです。」とお話されました。
自己紹介の後に、コーディネーターの藤間から、震災当時の様子についてお尋ねしました。
震災当時、佐藤さんは当時小学生6年生だったお子さんを学校に迎えに行く途中だったそうです。学校でお子さんと合流し、家に戻る途中に津波にのまれ、近くの家の屋根の上で一晩過ごしたそうです。低体温症にもなり、車もなくなり、当たり前の暮らしが失われた中でも、「命が助かっただけよかった」と感じていたそうです。
この経験は、命が明日につながっていくことの大切さを実感し、1日1日を大切に生きることの意味を考えるきっかけになり、非常に大きな経験だったとお話いただきました。
中塩さんは、仙台市泉区にあるみやぎ生協宅配センターの副センター長。とんでもない揺れに襲われたことで、机の下にもぐって身を守るという事もできず、「外に逃げろ」と呼びかけながら避難。悲鳴を上げる人、その場にうずくまる人もいる中、近くのマンションの貯水槽が落下した光景も鮮明に覚えているそうです。
当時、配送トラックには日常の連絡手段として使用する無線が装備されていたそうですが、それが全くつながらず、携帯電話も機能しない状況だったため、安否確認が取れなかったとのこと。そのため、夜22時過ぎに戻ってきたドライバーたちの顔を見て、心からほっとしたとのことでした。
また、仙台の事務所に近所の方々が集まってきたエピソードについて藤間から、「事務所であってお店ではないから普段行く場所ではないですよね?どうして近所の方々は集まっていらっしゃったんですか?」と質問がされました。
中塩さんいわく、仙台事務所の隣にある生協文化会館WIZには当時から自家発電設備があり、停電で周囲が真っ暗になる中、唯一灯りのともった文化会館に集まってきたのではないかとのこと。その時は130人ほどが避難してきたそうです。

安否確認という点では、当時エリアコーディネーターだった佐藤さんも、各メンバーさんへ連絡を取ったそうです。メンバー活動では人と人とのつながりを大切に取り組んでいるため、安否確認がルールとして定まっていたわけではないそうですが、自発的に自分たちで連絡を取り合ったそうです。
組織としては、各リーダー同士でも連絡を取り合うこともあったそうですが、地域の中でのつながりがあったという事で避難後も寄り添い合うことができたとのことです。
震災後、みやぎ生協の店舗の内14店舗が被災、2店舗は閉店を余儀なくされたそうです。しかし、3月11日から再開した店舗も多かったそうで、集会場も使用で来たそうです。学校などの指定避難所では集まることが難しく、そのため生協の集会所がとても役に立ったと、佐藤さんはお話されていました。
避難後に活動を再開した時にも対面で直接会うことを大切にしていたそうです。佐藤さん自身も現場を訪問し、避難先のお母さんやお子さんが抱える不安を目の当たりにすることもあったそうです。被災者でありながらもニーズを拾い上げたことで、ふれあい喫茶やおゆずり会などの様々な活動に展開され、活動参加者も延べ13万人以上にもなったそうです。
コーディネーターの藤間から、活動をする側だけではなく、支援される側として印象に残っていることについて質問されると、全国各地からの支援や励ましのメッセージをいただいたことが嬉しかったとお話されながら、「自分自身は、居場所が無いからという理由だけでは参加できないんです。でも、自分がボランティアをする、自分にもできることがあるという事がよかったと思いますし、自分も被災した経験を話すことで被災者同士の対話ができて、参加者の方も気負わずに来ていただけたのかなと思います」とお話いただきました。
さらに、震災後の対応について尋ねた際に、中塩さんは「震災前にはBCP自体がなかったんですね。それに、もともと用意されていた防災マニュアルは、全く役に立たなかった」とのこと。その実感を持ちながらBCPを担当する中で、中塩さん自身が大切にされているポイントを質問しました。
BCPは安否確認ではないと強調しながら、「地域のインフラとしての使命を果たす、維持するための取り組み」だと説明をいただきました。そのためには人手の確保が必要で、配送や店舗営業を続けるための工夫や施策が必要だと考えているそうです。震災前のマニュアルは避難訓練に関するもので、スタッフの安全確保の後に必要になる事業継続のための施策が何もなかったという反省から、「命を守ったその後の取り組み」を考える必要があるとお話されました。
また、BCPに関連して特に注力されているのが、BCP検証訓練。策定したものがきちんと効果を発揮するかをきちんと検証・分析を重ねて更新しているとのこと。そうすると、毎年改善点が見つかるそうで、「それを新たに検討していくと終わりはないんです」とのことです。
最後に、今後の取り組みや目標について、お二人に尋ねました。
佐藤さんは、被災者支援という意味でのボランティア活動は10年を機に終了したとお話されながら、「震災のことを覚えている方々も少なくなっているため、福島へのスタディツアーも実施しました」とのこと。また、防災減災の取り組みとしてローリングストックや防災食の学習会も行っているとのこと。これからも人と人のつながりを大切にメンバー活動に取り組み、住民と寄り添いながら続けていきたい、「それができるのが生協の活動だと思っています」とのことでした。
中塩さんは、BCPを軸に地域との連携を進めているという話があり、「物資協定締結自治体」の紹介をいただきました。現在は37自治体・団体と連携しているそうで、その連携先との意見交換の場を毎年設けているそうです。みやぎ生協の取り組みを紹介すると同時に、連携することでどのような取り組みが可能かを考えていく場になっているそうです。
また、宮城県や13の市町と包括連携協定を締結することで行政としての取り組みとみやぎ生協としての取り組みを融合させ「安心して暮らせる地域づくり」を目指すという取り組み、地域の自主防災組織の研修先として文化会館ウィズの震災学習資料室や富谷市の総合物流センターの見学実施などもご紹介いただきました。
中塩さんは、地域のインフラとしての役割を果たすという事に尽きるとおっしゃいました。
電気水道ガスなどの設備インフラとは異なりますが、地域になくてはならないものであり、衣食住全般に関わる事業や活動を展開するみやぎ生協として、安心してくらし続けられる地域社会づくりに貢献したいとお話いただきました。
ゲストのみなさま、会場にお越しいただいたみなさま、ご参加いただきありがとうございました。
日時:11月9日(日) 13:30~14:30
登壇予定:海辺の図書館」館長 庄司隆弘さん / 演出家・(一社)東北えびす理事 髙橋菜穂子さん / 俳優・演劇ユニット「コマイぬ」主宰 芝原弘さん