国土地理院5万分の1地図では愛宕山の表記。標高96.2㍍。北上川の西に広がる平地にポッコリと盛り上がっているのが曽波神山です。離れ小島のようにも見えます。
この山ができたのは古生代から中生代(4億年から1.5億年前)にさかのぼるそう。周辺の山々は北上山地の南端部で、もともとは川の対岸南境のトヤケ森山(馬っこ山)と地続きだったそうです。それがある時の地殻変動で陥没、分離してしまったのが曽波神山。山の東斜面とトヤケ森山の西斜面は同じ岩質。粘板岩、砂岩、花崗岩が証拠立てているとのこと。もう地質的にはすっかり老齢化した山だそうです。藩政時代以前の金採掘跡があり(対岸の金山にもある)、戦時中それを掘り返したりしたとか。
土層は薄く直物の育成には不適の山でも、いつしか雑木類が繁茂。享保年間(1620年代)には藩林として松が植林された記録があります。
山の北鹿にJR曽波神駅がある。駅名由来説明板によると、アイヌ語で「ソ」とは「水中の隠れ岩」、「ハ」は「水や潮が引くこと」の意味。このあたりまで海が入り込んでいた昔、この山が時に大きく見えたり、小さく見えたりしたことでそう呼ばれたのでしょうとのこと。「神」は山頂に鎮座する愛宕神社のこと。中腹には曽波神社がある。
ところで、この山頂から藩政時代、石巻を開いた大恩人・川村孫兵衛が北上川開削を指揮した話はご存知? その様子を描いた絵図も鹿又は八雲神社にあるとのことで拝見したが、絵図は明治期の作であり、絵からは山頂かどうか特定できないそうです。
今、同駅周辺には民家や事業所が結構密集しています。この震災であらたな住宅地が石巻の北西・蛇田地区に造成中です。不動産業界の一部には早くも市の北に位置するこのあたりも開発の狙い目と皮算用をはじく業者がいます。その理由は「神のつく地名のところは歴史的に発展しているところが多い。神戸しかり、神田、神楽坂…」。それこそ神がかり的な発言。